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30過ぎの一般事務職(男)の日々雑感

30を過ぎ、未だに一般事務(書類整理、エクセルへのデータ入力など)の仕事しか経験したことないけど、人生何とかなるもんだ、的なブログ。

数学と信仰の不思議な関係

 

先日ブログで紹介させてもらった「コサインなんて人生に関係ないと思った人のための数学のはなし」より、面白いなと思ったエピソードがあったのでご紹介。

 

歴史の教科書にも書いてあるのですが、「0(ゼロ)」の発見は人類史上とても大きなものだったといいます。その影響の大きさは高校の歴史の教科書にも載っていることからも想像ができると思います(「フェルマーの最終定理」とかも数学的にはすげえ重要なんだろうけれど、歴史の教科書には載ってないですもんね。それだけゼロの発見のインパクトはデカかったということです)。

 

そして、「0(ゼロ)」の概念が発見されたのは7世紀のインドです。しかしこのゼロという概念、発見されたのは7世紀ですが、西洋社会で扱われるようになるのはそれから約500年たってからでした。

 

本書によると1202年にフィボナッチが著した「算盤の書」でゼロが西洋世界に紹介されたそうですが、世間で認知されるようになったのは、ルネサンスの時代になってからだったそうです。

 

その理由というのが面白く、「ゼロという概念を恐れたから」なんだとか。

 

西洋の世界では長い間アリストテレスの哲学が正しいものとして信じられており、ゼロの概念を採用することは、そのアリストテレスの哲学を否定することに繋がるため、西洋の人たちはゼロという概念に真剣に向き合ってこなかったそうです。

 

詳しい説明は本書を読んでくださいということで割愛しますが、ゼロを信じることは、神様の存在を否定することに繋がるため、キリスト教を信仰している西洋では、長い間受け入れられなかったのです。本当は薄々気付いていたらしいんだけどね。

 

数学と信仰。

 

全く真逆にあるもののように感じられますが、実は密接に関係している存在だと、本書を通じて気付きました。インドでゼロが発見されたのも、インドの哲学では「無」や「空」といった概念を取り入れていたからだそうです。

 

そう言われると、無機質なイメージを抱かれがちな数学が、とっても身近で魅力的なものに感じられませんか?

 

ちなみに本書によると、ゼロの概念が認められたことで西洋絵画に「透視図法」という革命的なアイテムが生まれたとのこと。

 

なんと数学とアートも密接に関わっていたのですね。この「透視図法」がなければ、かの有名なルネサンス絵画(ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」やミケランジェロの「天地創造」など)は生まれなかったわけです。ゼロを受け入れたことが(単に数学や科学技術の世界だけでなく)如何に人々の暮らしに変化をもたらしたのか、その影響は尋常ではなかったといえそうです。

 

いやあ、面白い本です。おススメします。