読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

30過ぎの一般事務職(男)の日々雑感

30を過ぎ、未だに一般事務(書類整理、エクセルへのデータ入力など)の仕事しか経験したことないけど、人生何とかなるもんだ、的なブログ。

「仕事ができないこと」は、そんなに罪なことなのか?

働き方 その他

今日はリンクとか無く、単に思ったことをば。

 

仕事ができない人間は、生きている意味が無いのか?

 

ふと、今日会社帰りに頭に浮かんだ。

 

いや、そんなことはない。仕事だけが、人間の価値を決めるなんてことは、絶対にない。というのが僕の考えではあるけれど、でも、現実問題、仕事ができないことは、結構なハンディキャップになる。

 

いくら性格が良くても、品行方正で常識人でも、仕事をする能力がないだけで、その人は今の世の中であんまり歓迎されない。

 

なぜなら、お金を稼ぐことができないからだ。

 

ちょっと口がうまくて、頭の回転が早くて、グイグイと物事を前に進めることができる人が、結局は成功する世界。多少性格が悪くても、人の気持ちを考えることができなくても、そう言う人が社会では認められて、権力を身につけていく。

 

なんだか、生きづらい世の中である。

 

「いや、そんなのダメなお前が悪いんじゃん」っていう人は、人間は生まれながらに平等じゃないってことに気付いていないんでしょうね。良かったね。頭も良くて精神的にも強くて。

 

そう言う人は、できない人の気持ちなんて分からないんだろーな。

 

そして、「いや、学歴なんか関係ないし、会社の仕事なんてできなくても良いっしょ?」っていっている著名人の皆さん。彼らは僕らの味方のようだけど、実はちょっと違う。彼らは「できる」側の人間だ。彼らの学歴や職歴をちょっとみれば、そんなことは一目瞭然。天下の東大、早稲田、慶応をはじめ、旧帝大出身者がほとんどだ。そして、そんな彼らの経歴は僕らからするとまぶしくて直視できないほど素晴らしいものだ。

 

そりゃあそうだ。彼らだって有能なんだから。有能だから、レールを外れても、悠々自適な生活ができるのだ。僕らが同じことをしようとしても到底不可能だ。

 

世の中は、結局生まれ持った能力が高い人が牛耳っているんだよなーと、残酷ながらも当たり前のことに、やっと気付いた今日この頃。むー、酒でも飲んでふて寝するか。