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30過ぎの一般事務職(男)の日々雑感

30を過ぎ、未だに一般事務(書類整理、エクセルへのデータ入力など)の仕事しか経験したことないけど、人生何とかなるもんだ、的なブログ。

【書評】ちきりん「多眼思考」を読んで

書評

 

多眼思考

多眼思考

 

本日発売ということで、会社帰りにさっそく買って、今読んでいる途中。

 

とても面白いんだけど、今回は本の内容というよりも、何で自分がこの本を買ってしまったのか、と何で自分は何度もちきりんさんの言葉に触れたくなるのか、ということについて。

 

結論は出ていて、それは「自分が弱いから」です。

 

僕はとても弱い人間で、自分を肯定してくれるような言葉や、自分に取って耳障りの良い言葉をとにかく探しがちです。

 

ちきりんさんの言葉は、まさにそんな感じで、いつも自分の良いように解釈して、自分の存在意義を肯定するために利用させてもらっています。

 

そんな言葉に、きっと今回も出会えるだろうと、僕は何のためらいもなく多眼思考(と「「自分メディア」はこう作る」)を発売日にそっこーで買ってしまいました。まあ、基本的には甘えですよね。ちきりんさんという、圧倒的に存在感のある人の言葉で、自分を慰めているだけ。

 

この人が褒めていたり、擁護していることを自分に当てはめ、逆に否定していることは自分には当てはまらないと胸を撫で下ろしている。本当に弱い人間です。

 

ネットのデメリットとして、自分にとって都合のいい情報のみを収集してしまうことが、いろんなところでいわれています。それは確かにそうで、TVやラジオなどのマスメディアに比べるとGoogle先生の「検索」で拾ってくる情報には、相当なバイアスがかかっているのは事実でしょう。

 

でも、それは別に今にはじまったことじゃないんじゃないかと、僕は思います。人間は誰だって、自分のことを肯定してくれる人の意見を信じているし、自分と気の合う人と付き合っています。

 

TVやラジオしかなかった時代でも、それはきっとそうで、だからいろんな階層の人たちが世の中にはたくさんいるんだろうなと。今はそれが、昔よりも手軽で簡単、スピーディにできるようになっただけで、それ故に問題として可視化されやすくなったんじゃないかなと、僕なんかは思います。

 

結局何がいいたいのかというと、僕がちきりんさんの言葉を自分の都合の良いように受け取って、自分の存在意義を肯定するのは、別に悪くないよね?ってことなんだけどね。人になんて思われようが関係ないです。自分の人生、自分が満足すればそれで十分。人の評価なんて気にしたってしょうがない。

 

あ、あとひとつの何故自分は何度もちきりんさんの言葉に触れたくなるのか?ですが、これも根っこは同じで、何度も何度も自分を肯定してくれる(と自分が勝手に解釈している)言葉に触れないと、自分に自信が持てないからです。一種の中毒症状ですね。ハイ。

 

それにしても、連休前に良い本買ったわ。

 

多眼思考

多眼思考