30過ぎの一般事務職(男)の日々雑感

30を過ぎ、未だに一般事務(書類整理、エクセルへのデータ入力など)の仕事しか経験したことないけど、人生何とかなるもんだ、的なブログ。

横浜トリエンナーレと「華氏451」

行ってきました。

横浜トリエンナーレ

f:id:lorenzo9241:20140914142413j:plain

 

今回のテーマは「華氏451」という小説に着想を得た「忘却」。

 

公式HPによると

私達はなにかたいせつな忘れ物をしていないだろうか。気がつかないまま先に進んでしまったり、ホントは気がついているのに、知らないふりをして立ち去ったり。
そういう「忘却」の領域に敏感に反応する芸術表現がある。表現者がいる。
ヨコハマトリエンナーレ2014 は、人生のうっかりした忘れ物、人類の恒常的な忘れ物、現代という時代の特殊な忘れ物などを憶い出すための、いわば「忘却巡り」の旅である。その旅程は、おおよそ次のような流れとなる。

とのこと。

華氏451を読んで思ったのは、人間は忘却する生き物だし、それは仕方の無いこと。

でも、忘れちゃいけないものは確かに存在しているわけで、そういったものをとどめておく為に「本」という媒体が存在しているのだな、ということ。

 

f:id:lorenzo9241:20140914152258j:plain

 

「本」を失った世界。それは大切なものを「忘却」の彼方に追いやった世界。そして、大切なものを失ってしまったことそのものを忘れ去ってしまった世界。

 

最初から存在していないから、不思議に思うことも無く、考えることもない。

 

でも、それに気付いてしまった人にとっては、とても矛盾に満ちあふれた愚かな世界。

 

華氏451で表された世界は、「気付いてしまった」人にとってとても生きづらく、過酷な世界だ。

 

そういった世界になることを防ぐ為にも、大切なモノを「忘却の海」に漂流させない為にも「アート」が果たす役割というのは大きいのかもしれない。

 

f:id:lorenzo9241:20140914152713j:plain

 

なんてかっこいいことでまとめようとしたけれど、横浜トリエンナーレの規模は年々確実に縮小されていっているし、今回の展示会では、前回展示されたChristian Marclayの「The clock」のような目玉作品が無かったのも事実です。

 

全体的にこじんまりした印象は否めず、次回はもっと規模が縮小するのではと心配になりました。

 

もっとワクワクさせて欲しいなートリエンナーレさんには。